トヨタ自動車が2030年までに30車種のBEV(バッテリーEV)を展開し、350万台を販売すると発表したことを受け、日本も一気にEV普及モードになるかのような報道がある。しかし、自動車業界に詳しいマーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明氏は「EV普及の真の条件は小型・軽量・低価格にある」と指摘する--。
東京の2倍以上EVが普及する「地方都市」
1月22日の日本経済新聞の1面に興味深い記事があった。日本の人口あたりのEV普及台数を見ると、地方のほうがはるかに多いという内容である。
最も多いのは岐阜県で、人口1万人あたり34.8台ということだ。東京は15.4台だから、岐阜は東京の2倍以上EVが普及していることになる。現状ではEVはガソリン車に比べかなり高価であり、所得の高い大都市部中心に売れているように思いがちだが、実体は逆なのである。
なぜこのような現象が起こるのか。その大きな要因のひとつが過疎化によるガソリンスタンドの減少らしい。
背景にある「ガソリンスタンドの減少」
ガソリンスタンドは、車の燃費向上(国交省のデータによれば、平成初期にくらべ2倍以上向上している)による需要減で都市部でも廃業が相次いでいるが、過疎地域では人口減も重なりその傾向がさらに強い。最寄りのガソリンスタンドまで15km以上離れている、という人も少なからずいるらしい。
15kmというと30分くらいかかる距離であり、ガソリンを給油するという目的のために往復1時間もかかるのはあまりに不便である。
EVを選べば就寝中に自宅で充電が可能であり、満充電で走れる距離内で運用している限りはガソリンスタンドに行く必要もなくなり、非常に利便性が高い。また、自宅での充電では電気代も安く、ガソリン車より運用コストも大幅に安くなるというメリットもある。
過疎地域の住宅なら駐車スペースは十分あるだろうし、充電設備の設置も(費用を除けば)問題ないだろう。長距離を運転することがほとんどないであろう地方の高齢者の足として、EVは理想的に思える。
都市居住者には使いにくく、コスパも悪い
一方で都市部ではどうか。都市部では集合住宅に住んでいる人が多いから、まず充電設備の問題が生じる。集合住宅の駐車場は自己所有地ではないため充電設備を設置するのは非常にハードルが高く、機械式駐車場では物理的に設置が困難だ。
自宅の駐車場で充電できなければ急速充電スタンドを使わざるを得ないが、急速充電スタンドでの充電費用は意外と高価で、EVの経済的ベネフィットは少なくなる。また現在主流の40~50kWh程度の充電器では、30分の充電で100km程度の距離分しか充電できない。
都市生活者が車で出かける目的はゴルフや観光地へのドライブ、というケースも多いだろう。となると航続距離100kmではまったく足らず、途中での充電が必須となってしまうだろう。また都市生活者は勤め人が主だろうから車は週末しか使わないという人も多いのではないか。
最新のEVはバッテリー保護のために駐車中も温度管理している(寒いときは暖め、暑いときは冷やす)ので、乗らなくてもバッテリーに蓄えた電気を消耗する。テスラの場合1日で1~4%消費するといわれている。テスラユーザーのブログによれば、6日間で走行可能距離が272kmから248kmに減少したという。
乗らなくても1週間放置すると1割ほど電気は減ってしまうのだ。1カ月乗らなかったら半減である。つまりマンション居住の都市生活者にとってEVは非常に使いづらく、経済的ベネフィットもないものなのである。
中国で最も売れているEVとは
このように考えるとある疑問が生じる。
今日本で売れているEVは日産リーフとテスラだ。安いほうのリーフでも最低330万円もする。テスラは450万円以上だ。地方の高齢者というよりは、都市部の比較的豊かな層向けの価格帯である。潜在需要と供給がまったくかみ合っていない。
テスラは都市部で売れているが、これは「先進層・環境重視層であること」を表現するためのプレミアムブランド品としての需要としか考えられない。
ここで頭をよぎるのは、中国のEV市場である。
中国はEVベンチャー企業がたくさんあり、テスラも巨大な工場を持っている(現在日本で売られているテスラ・モデル3は中国製である)。中国ではテスラも売れているし、新興メーカーのテスラを意識した高性能EVも売れている。
しかし2位以下を引き離して圧倒的1位で売れているモデルがある。上汽通用五菱汽車(ウーリン)の宏光(ホンガン)MINI EVである。2021年の販売台数はなんと42万4138台。2位のテスラ・モデルYが16万9547台だから、その多さがわかるだろう。
田舎の中小都市の若年層にバカ売れ
この車は「45万円のEV」として昨年日本でも話題になったモデルだ。この宏光MINI EVは2万8800元(現時点のレートでは52万3000円)から買えるが、エアコン付きのモデルは3万2800元(59万6000円)、電池容量を増やして航続距離を170kmにしたモデル(通常モデルは120km)は3万8800元(70万5000円)である。
確かに電気自動車としては破格に安く、普通の車としてもとても安い。ボディサイズは全長2917mm×全幅1493mm×全高1621mと日本の軽自動車より50cm近く短い。車重も700kg前後と軽い。しかし車としての機能はそれなりにしっかりしており、後席は非常に狭いものの4人乗車が可能で最高速は100km/h、ABSやエアバッグなど基本的な安全装備も備わっている。
もちろん低価格を実現するために割り切った部分もあり、急速充電には非対応で、家庭用の220V電源からの充電のみ。減速時にエネルギーを回収する回生機能も備わらない。
同じEVといっても、テスラやNIOのような高級高性能EVとはあらゆる面で異なる車だ。もちろん購入層もまったく異なる。テスラは主に北京や上海といった富裕層の多い大都市で売れているのに対し、宏光MINI EVは田舎の中小都市の若年層を中心に売れているのだ。