成果を出せないとクビになる場合も
イギリス企業ではシニアディレクター・クラスになると全員にHRの知識が備わっていて、普段の会社内の会話がいかなるハラスメントにもならないよう、気をつけることができる。また部下に対して何かお願いするときでも、最後には必ず「君はどう思う?」と確認作業を行う。現在のイギリスではこのやり方がオフィスの作法となっているが、もしかすると日本のやり方とは全く違うのかもしれない。
このようにイギリス企業のマネージメント手法はとても洗練されている。イギリス人管理職の面々は、自分がディレクションしたい方向にチームやクライアントを導く能力を備えている人が多い。適性のある管理職の人々がチームをまとめ上げることで、結果的に会社全体として全ての業務を完全に遂行していることになるのだ。
日本式のマイクロマネージメントでは方向性よりも方法に重点をおきがちだが、イギリス式の部下を放任し、全体を見ていくマネージメントのほうが、結果的に会社としてはうまく回っていく可能性が高いと言えるのではないだろうか。
人材の評価システムもおそらくイギリスと日本では異なる。イギリスでは従業員全員を正当に評価するため、年に一度の評価システムを採り入れている。これは自己評価と、上司の評価をすり合わせる作業で、この双方からの評価が合致していることが大切である。もしも任されている業務内容に対して評価が見合わない場合は警告となり、ひどい場合は解雇される可能性もある。会社側としては業務内容を遂行していないエビデンスを確保することで、クビにできるというわけだ。
人を言いくるめるのに長けたイギリス人
イギリスの会社システムが雇用法をベースとして成熟を見せていると書いたが、日本の会社にもイギリスにない、いい側面もあると友人たちは言う。
まず全てがスムーズに「オーガナイズされている」こと。突然のスケジュール変更が入ったり、重要人物が欠席してミーティングの意味がなくなったりとか、そういった突発的なことが少ない。根回しがよくできているからだとも言える。そして日本人はどの役職にいようとも、「言ったことは実行する」美徳があるのだという。
一方、イギリス人は口がうまく、その場しのぎの会話が多い。あることないことを持ち出し、口でうまく言いくるめる人を、私自身も何度見てきたことか。口八丁手八丁で相手を煙に巻き、うまく交渉をまとめ上げるのが得意なのがイギリス人なのだ。これはおそらく彼らがDNAとして持っているもので、この性質についていえば日本人は逆立ちをしてもまねできないのかもしれないと思う。
日本人は生涯にわたって同じ会社に居続ける人が今でも多いので、グローバルな視点を育てるのが難しいという弱点もある。ひいては日本全体としても世界を見渡しづらいという国の体質が出来上がっているのではないだろうか。そうなると斬新なアイデアを持つことが難しく、ダイナミズムが生まれづらくなってしまう。
個人の幸福が会社や社会にとって有益になる
誠意や懸命さはあるが、時に疲弊してしまう日本式の仕事の仕方と、その場しのぎだがうまくバランスをとり、結果的に全てをうまくまとめてしまうイギリス式。個人的な資質や感じ方はあるにせよ、企業体質としてはイギリスの方がよりリラックスしており、成熟しているような印象を持ってしまうが、どのように感じられるだろうか。
イギリスでは今、社会風潮として全ての構造的な差別をなくし、個人の幸福に関して透明度を向上させ、個人と全体の幸福を追求していく風潮にある。そして企業はその大きな一端を担っている。
イギリスでは、雇用を守って個人の幸福を保障することが社会貢献だという考え方が、昔から根底にある。回り回ってそれが会社や社会にとっても有益だからで、単純な能力主義や効率主義が良しとされているわけではない。
折しも2020年から、こちらでも在宅勤務の孤独や不安などから来るメンタルヘルスの問題が指摘されているところだ。現在、イギリス企業は大慌てで福祉的な制度を整え、社内カウンセリングをはじめ諸ツールを充実させることで全般的なウェルビーイングを急ピッチで向上させようとしている。
個人の幸福を向上させる試みも、ここ数年で随分と進行している。SNSなどで自分の名前の後にカッコ入りで「She/her」「He/him」など自身のジェンダー意識を明記することが、イギリスでもかなり浸透してきた。このジェンダーアウェアネスは今後の企業社会においても、個人の幸福を追求する方法として定着していくことだろう。
開かれた企業文化は、明らかに社会風潮を決定する。その急先鋒が、イギリスのロンドンという都市社会なのではないか。そう肌で感じている。
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江國 まゆ(えくに・まゆ)
あぶそる~とロンドン編集長
岡山県倉敷市生まれ。ロンドンを拠点に活動するライター、編集者。出版社、雑誌編集部勤務を経て、98年渡英。英系広告代理店にて日本語編集者として活動後、09年に独立。ライター、ジャーナリストとして各種媒体に寄稿中。14年にイギリス情報ウェブマガジン「あぶそる~とロンドン/Absolute London」を創設、編集長として「美食都市ロンドン」の普及にいそしむ。著書に『歩いてまわる小さなロンドン』(大和書房)、共著に『ロンドンでしたい100のこと 大好きな街を暮らすように楽しむ旅』(自由国民社)、22年3月発売の新刊『イギリスの飾らないのに豊かな暮らし 365日』(自由国民社)がある。
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(あぶそる~とロンドン編集長 江國 まゆ)






























