終戦間もない時代に横浜で生まれ、いまも国内で広く愛され続けているスパゲティ料理の定番「ナポリタン」。メニューを開発した老舗「ホテルニューグランド」と、おなじみのケチャップ味で庶民の胃袋をつかみ、普及に貢献した「センターグリル」という横浜市内の2店を訪ね、ナポリタン誕生のルーツを探った。
トマトのピュアな味
港まち・横浜の山下町で昭和初期に開業したホテルニューグランドはナポリタン発祥の地として知られ、併設のレストラン「ザ・カフェ」ではいまも、開発した当初の味を守りながら提供を続けている。
同店のこのナポリタン、見た目の色や具材などは、よく知られるナポリタンと変わらないのだが、風味がちょっと違う。庶民の舌になじみが深い「ケチャップ味」ではないのだ。
同ホテルによると、味のベースになっているのは、生トマトやホールトマト、トマトペーストに香辛料などを加えて煮詰めた特製のソース。6代目総料理長の関口真司さん(56)は「ナポリタンにケチャップは一切使っていません。トマト主体で、ガーリックなどの風味が香るあっさりした味。トマトそのもののピュアな味が楽しめます」と紹介している。
進駐軍の米兵から着想
同ホテルでナポリタンが開発されたのは、昭和20年の終戦直後。開発者は、2代目総料理長の入江茂忠氏(故人)だ。進駐軍の米兵らが、パスタにケチャップをあえただけの簡素な食べ方をしていたことに着想を得て、ホテルで提供するのにふさわしいメニューとして考案したという。
入江氏がケチャップの代わりに使用したのが、同ホテルでもともと使われていたというトマトベースのソース。完成した新メニューを「ナポリタン」と名付け、提供を始めた。
こうして誕生したナポリタンだが、当時トマトは貴重な食材。手軽に作れるような料理ではなく、あくまでホテルでしか食べられない逸品だったようだ。
ただ、そこに普及の鍵があったとみられる。ナポリタンを「庶民の料理」に仕立てあげた人物がいるのだ。それが横浜・野毛の繁華街にある人気洋食店「センターグリル」の創業者、石橋豊吉氏(故人)だった。