脅迫状、上場廃止…老舗和菓子「駿河屋」破産までの波乱万丈 (3/5ページ)

2014.6.29 08:09

白いカーテンがかかった駿河町本舗には「お知らせ」の紙が貼られていた=和歌山市駿河町

白いカーテンがかかった駿河町本舗には「お知らせ」の紙が貼られていた=和歌山市駿河町【拡大】

  • 駿河屋本舗に掲示された「お知らせ」=和歌山市駿河町
  • 往時の駿河屋が描かれた紀伊国名所図会(和歌山県立図書館所蔵)

 栄光の歴史

 「駿河屋が、和歌山と日本の和菓子の歴史の中で果たした役割は大きい。駿河屋が破産すれば、失うものはあまりにも大きすぎる」と指摘するのは、「紀州の和菓子」の著書がある鈴木裕範・元和歌山大経済学部教授だ。

 前身は「鶴屋」として初代、岡本善右衛門が室町時代に開いたと伝わる。5代目のころに京都・伏見の桃山城正門前に店を構え、和歌山に移ったのは江戸時代初めの元和5(1619)年。紀州藩の初代藩主の徳川頼宣とともに和歌山入りし「御用菓子屋」として栄華を極めた。

 5代将軍、綱吉の長女、鶴姫が紀州徳川家に嫁ぐ際、姫と同じ名前では畏れ多いとして「駿河屋」となった。駿河屋の歩みそのものが、紀州藩の歴史にすっぽり重なるところが、まさに屈指の老舗といえる。

 茶道とともに親しまれた落雁も、藩の発注を受けて作っていたといい、その木型は現在も残る。

 「菓子型数千品ありといえども、『本』字の焼印あるは慶元(慶長年間、1596~1615年)以前よりの形なり。焼饅頭の元祖である」

『駿河屋』の商号が他で使われたり、日の目を見なくなることも…

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