技能職出身として初めてトヨタ自動車の役員に就任した河合満氏【拡大】
4月に専務役員に就任した河合満氏がフジサンケイビジネスアイなどのインタビューに応じた。
--技能職出身として初めて役員に就任した
「生産現場が生産性の向上やコスト削減に努力している象徴として、この立場に就かせていただいた。入社したころは2つの工場しかなく、何度も『会社がつぶれるかもしれない』と思った。リーマン・ショック時にも苦労を経験した。52年間の蓄積を伝えることも私の役目だ」
--リーマン・ショックの苦労とは
「2002年ごろから07年ごろまで生産台数が急増した。海外拠点の拡大が急すぎた。日本の技能者や開発員が海外拠点に指導に出向いた結果、国内では“知恵のない自動化”が進んだ」
「機能を満載した機械をたくさん並べて量産に対応したが、リーマン・ショックで生産が落ち込むと設備があふれた。そこで、多機能な機械でも用途が一つしかなければ、単機能の機械に置き換え、生産ラインをスリム化した」