
ファーストリテイリングの柳井正社長とソフトバンクグループの孫正義社長(2006年11月撮影)。2人の特別対談は『成功はゴミ箱の中に』(プレジデント社)に収録されている。【拡大】
その後、柳井氏は、1984年にカジュアルウエア「ユニクロ」の第1号店を広島県広島市に出店します。さらに東京に積極出店して、日本を代表するカジュアル衣料チェーン店に育て上げたのはご存じのとおりです。事業活動を見ると、この言葉を実践しているのがわかります。柳井氏は「レイ・クロックは私にとって恩人といえる」と話しているほどです。
みんな「アウトサイダー」だった
一方の孫氏は、日本マクドナルドの創業者である藤田田氏(1926年-2004年)とは因縁浅からぬ関係で、少年時代に藤田氏を通じてレイ・クロックを強烈に意識しています。
「藤田さんといえば私にはいくつもの思い出があります。私は藤田さんが書いた『ユダヤの商法』(藤田田著)を通して、マクドナルドとレイ・クロックがいかに優れているかを知ったのですから。まだ久留米にいた頃ですから高校生で、アメリカに留学する前のことでした」
(『成功はゴミ箱の中に』特別対談より)
強い関心を持った孫少年は16歳で高校を中退して渡米。夏休みで帰国した際に藤田氏との面会を熱望し、念願かなって会うことができました。そこで「これからはコンピュータビジネスの時代だ。オレがおまえの年齢だったらコンピュータビジネスをやる」と言われます。孫氏のビジネスの方向性を決定づけた“メンター”が藤田氏だったのです。ちなみに後年、藤田氏は孫氏の要請を受けてソフトバンクの社外取締役に就任しました。