不可欠な「世間」への視線
阪急阪神ホテルズの社長が辞意を明かした同じ日、暴力団関係者への融資放置問題で、みずほ銀行が社内処分を発表した。頭取は留任で、甘いといわざるをえないものだった。問題の質は食材偽装とは異なるが、日本を代表する東西の企業の不祥事には通底するものも感じてしまう。企業の私の都合が優先され世間は二の次になっているのではないか、という懸念である。
「誤表示」を強調した同ホテルズの姿勢は身内の理論でしかなく、世間様がどう思うかという健全な常識を欠いていた。反社会的勢力への融資を放置していたみずほ銀行の場合、反社会ということ自体が世間様に背いているのであって、その自覚が切実でないならことはゆゆしい。
もうけだけではない。保身や言い逃れに走るのも、わたくしごとの利である。私利の暴走を戒める見方や考え方を、幸いなことに日本人は多く持っている。「三方よし」といわれる近江商人の精神もその一つだ。売り手と買い手がよしとするだけではだめで、その商いを世間がよしとしてくれないといけない、と。近江商人が残した家訓のたぐいには、自分勝手や規則違反を戒める言葉が並んでいる。