平成21年1月、執行役員だった酒見俊夫(61)=第11代社長=は、第10代社長の田中優次(66)=現会長=から突然呼び出された。
4月異動の内示の時期ではあったが、酒見は1年前に家庭向けの営業を統括する現職に就任したばかり。「これと言って叱責を受ける理由もないが…」。酒見は胸騒ぎを覚えつつ、社長室の扉をノックした。
田中は笑顔でこう切り出した。
「酒見くん、マルタイの社長を頼むよ。この先50年存続できる企業に再生してほしいんだ。新工場の建設計画も実現してもらいたいし…。大変だけどやりがいがあるぞ!」
マルタイ(福岡市西区)は、製麺業の藤田泰一郎(1899~1986)が昭和35年に設立した即席ラーメンメーカー。「即席マルタイラーメン」(通称・棒ラーメン)はロングセラー商品として人気が高い。
ただ、即席ラーメン業界の競争は激しい。関東、関西の大手が次々に新商品を投入し、値引き合戦が続く中、創業者一族は経営から手を引いてしまった。
そこでメーンバンクの福岡銀行が昭和56年から代々社長を送り込み、経営を続けてきたが、平成18年秋に敵対的買収の噂が流れた。福岡銀行に支援を求められた西部ガスは第三者割当増資(総発行額7億4千万円)に応じ、19年2月に筆頭株主となった。ガス事業と食品事業はかけ離れているように見えるが、田中はこう考えたのだ。
「即席ラーメンはガスを使う。ガス需要が増えるじゃないか」
もちろんそれだけではない。平成不況が長引く中、体力のない九州の地場企業は次々に東京や大阪の大手企業に買収されていた。「優良な地場企業を守りたい」という思いもあった。