とはいえ、酒見にとってマルタイの社長拝命は青天の霹靂(へきれき)だった。田中に「分かりました。頑張ります」と返答したが、動揺は隠せない。社長室を出た後も「ガス事業一筋で歩んできた俺に食品会社のトップが務まるのだろうか」という思いが、グルグルと頭を回り続けた。
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21年4月、酒見は西部ガス出身者として初めてマルタイ社長に就任した。
福岡県立福岡高校から同志社大経済学部に進んだ酒見は、昭和50年4月に西部ガスに入社した。営業・企画部門が長く、LPG(液化石油ガス)からLNG(液化天然ガス)への原料転換に伴う中長期経営計画策定や料金改定に携わってきた。派手さはないが、着実に成果を残す実務派として知られてきた。
だが、ラーメンに関しては当然ながら、ずぶの素人だった。
即席ラーメン事業では、商品開発が社の命運を決める。社長が「この味で行こう」と新商品のゴーサインを出すと、それが業績に跳ね返る世界だった。ガス事業と違って中長期の経営ビジョンはそう簡単に見通せない。
「とにかくまずはラーメンを知ることだ!」
こう思い立った酒見はラーメン店の行脚を始めた。評判の名店、大手のラーメンチェーンなど時間が許す限りラーメンを食べ続けた。どこかで「ラーメンフェスティバル」が開かれると聞くと、そこに飛んだ。
もちろん50種以上に及ぶマルタイの自社商品もひたすら食べ続けた。
元々、ラーメンだけでなく、うどんやパスタなど麺類は大好きだったが、3食すべてラーメンという日もあり、50代半ばの中年男にはこたえた。胃がもたれ、正直言って「ラーメンなど見るのも嫌だ」と思った時期もある。それでもひたすらラーメンを食べ続けた。「歴代社長でもっともラーメンを食した男」。酒見は今でもマルタイ社内でこう言われている。