その名も「山の棒ラーメン」。さほど宣伝費はかけなかったが、評判は登山愛好家に口コミで広がり、全国のアウトドアショップの定番商品となった。酒見はこうほくそ笑んだ。
「山の棒ラーメンは、消費者層を絞った初めての商品なんですよ。大ヒットにはならなくてもロングセラーが期待できる。その方が『味のマルタイ』らしい」
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酒見は「西部ガスでのキャリアはマルタイでは通用しない」と思って働いてきたが、マルタイ社長となって1年を経たころ、意外な共通点が見えてきた。
「マルタイは小さくても強い。それは長年マルタイのブランド力に磨きをかけてきたからだ…。お客さま目線というのは俺が西部ガスの営業で繰り返してきたことと同じじゃないか…」
酒見は「お客さま価値の高い会社を目指そう」と社員に繰り返すようになった。顧客の目線でモノを考え、実行することで企業価値も「お客さま価値」も向上していく-。これこそ酒見が、西部ガスの営業・企画部門で育んできたモットーだった。
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酒見には、田中から命じられたもう一つの大きな課題があった。本社機能を備えた新工場の建設だった。
福岡市西区周船寺(すせんじ)にあるマルタイの工場は昭和37年に建設され、老朽化が著しかった。建て増しを重ねて増産に応じてきたが、生産ラインは度々止まり、修繕費もかさんだ。麺を乾燥させる送風機などの燃料は重油で原油高騰を受けて製造コストを押し上げた。
日清食品や東洋水産など大手と競争するにはコストダウンは欠かせない。その切り札が新工場だった。