【地球を掴め国土を守れ】技研製作所の51年(19)同業者の「売ってくれ」に戸惑い (2/2ページ)

昭和51年当時、高知市内で行なわれたサイレントパイラーによる工事。家の軒(右)のすぐ前で行なわれたが苦情はなかった
昭和51年当時、高知市内で行なわれたサイレントパイラーによる工事。家の軒(右)のすぐ前で行なわれたが苦情はなかった【拡大】

 サイレントパイラーの効果はまず、50、51年と2年連続で台風被害に悩まされた高知県内の復旧工事で発揮されたが、全国の建設業者から切望の声が本格化したのは、52年に初の県外工事を大阪市内で実施してからだ。大阪だけでなく、広島や九州から、同社に対して「売ってくれ」という申し入れがひきもきらなくなった。

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 北村には「そもそも、自分が困り果てて開発した機械は、自社の工事受注のための切り札であり、他の業者に売るという発想がなかった」。しかし、全国の同業者の悲痛な声に耳を傾けざるをえなくなり、「同じ悩みを抱えてきた同業者に同情心も生まれ、業界の救世主になると販売を決意した」。そしてついに、同年、販売1号機を大阪市の業者に納入したのだった。

 とはいえ、機械はまだまだ未完成。なにより、工事現場ごとに異なる地盤の質をさぐりながら杭を打っていく工法は開発途上だった。

=敬称略

 首都直下、南海トラフの地震や多発する水害の危機が迫る中、独創的な工法が注目を集める「技研製作所」は創業50年を迎えた昨年、東証1部上場を果たした。この連載では、北村精男が一代で興した同社が、世界企業として発展してきた半世紀を追う。