この8月、日本に滞在しながら、これってどう判断すれば良いの?と迷うことがいくつかあった。その一つが食生活のレベルだ。とても高いような、とても低いような、そんな悩ましい経験をする。
家庭料理のレベルはバリエーションがあり過ぎる。日本には家庭料理のスタンダードがもはやないと言った人がいるが、イタリアの食卓にパスタとサラダが多くの家庭で日常的に並ぶのとは様相が異なるのだ。日本は素材を大事にして手のこんだ料理がある一方で、加工食品オンパレードだ。
もちろん家庭料理のサンプルは膨大なので、あくまでもぼく自身が見聞していることに過ぎない。
スーパーの店内をぶらりと眺めて感じるのは、ミラノのスーパーの方が生鮮食品の売り場は圧倒的に充実していて、しかも安い。日本のスーパーは加工食品売り場に見どころがある。この傾向が一般家庭の食卓におよそのところ反映されていると想像しても、あたらずといえども遠からず、だろう。
一歩、街の中にでると外食のレベルと種類のバリエーションがすさまじい。エンターテイメント性が高い。横浜の中華街も、その一つだ。ただ、かつてのようにそれぞれの店に個性があるわけでもなく、外見からは選択肢が尽きないように見えるが、かなり均一な展開になっているとの印象も受ける。そして、これは中華街に限った話でもないか、とも考える。
全てをミックスしての食生活があるとも言えるが、ミックスしていても何やら標準的なものがもう少し主流であっても良いような気がする。これ、ないものねだりなのだろうか。