さらに高齢者のことを考えた。
思いのほか、高齢者の加工食品好きである。「おばあちゃんの味が懐かしい」という表現は、じょじょに使われなくなっているに違いない。煮物や漬物のような長時間かけて作ったものが子供の舌を占領していない。
イタリアでも同様の傾向はみられる。子供たちが独立し、特に伴侶を亡くして独り身になった人は料理への情熱が失せるのだ。そうした人たちにとって、あまり手間がかからない中間食は理想的な姿らしい。
先進国の文化に共通する点である。
年寄になると頭がかたくなる、と言われる。ぼくもずっとそう思ってきた。経験が新しいことへの関心を邪魔し、古い枠組みでしかものごとを捉えない。これが老人批判の典型である。
しかし、その高齢者が手の込んだ料理を放棄しはじめ、利便性を重視している。盛んにPCやスマホの使い方やインターネットへの馴染み方から、「これだから、頭のかたい人たちは…」と嘆くが、慣れることができることへの順応性は高いのである。
医療や年金のコストからも社会的に居心地の悪い思いをしている高齢者は多い。80歳を超える平均寿命以上の人たちは、若いころに想定していた寿命よりも20年程度は余計に生きている。彼らも計算が狂ったのだ。
この20年間を「贈り物」として受け取ると良いのか、「やっかいなもの」として感じ続けるのか、本人の心構え次第ではあるが、本人も周囲も「そんなつもりはではなかった」のである。
一方的にお荷物扱いするのは違うのではないか。