陸軍大将6人は各々聯合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥(1880~1964年)と絡む。時代と立場を考えれば当然だが、誇り高いマッカーサーを感嘆させた大将もいて、痛快この上ない。
今村均(1886~1968年)。「戦犯」の汚名を着せられ、豪州軍により軍事法廷に立たされた。終戦時の軍職・第8方面軍司令官の担任地域は南太平洋の一角。豪州の植民地や、第一次世界大戦(1914~18年)で豪州軍がドイツ軍と交戦、血と引き換えに国際連盟の委任統治領として預かった島が少なくない。故に豪州軍の攻勢は激烈で、死亡した将兵は数字の採り方に因っては、ドイツなどと戦った欧州戦線の2倍以上に達する。
豪政府の怨嗟は深く、捜査した豪陸軍少将が「問うべき証拠なし」と報告しても納得せず。何としても死刑にしたかった。ところが、今村の占領地における善政は敵味方を問わず語り草で、前職の第16軍(インドネシアの一部を担任)司令官時代を扱ったオランダ軍による「報復裁判」では無罪だった。