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【軍事情勢】逃げなかった昭和の軍人と逃げたマッカーサー (3/5ページ)

2013.9.15 09:00

 結局禁錮10年。今村を慕う現地住民の蜂起を恐れたともいわれる。蘭軍の裁判時も、スカルノ(1901~70年/後のインドネシア初代大統領)率いる独立派ゲリラは奪回作戦を計画。今村は丁重に断っている。

 今村均に見た武士道

 今村は巣鴨拘置所に送られたが1950年、劣悪な環境の南方で服役する部下を想うと「東京にいることはできぬ」とマッカーサーに訴えた。徹頭徹尾部下をかばい続けた裁判を知るマッカーサーは「真の武士道に触れた思いだった。すぐに許可するよう命じた」と漏らしている。

 第8方面軍はラバウルに、延べ370キロもの地下要塞を築城。一人200坪もの田畑まで開墾し、自給自足体制を完成させた。結果、損害を恐れた当時のマッカーサー聯合軍南西太平洋方面最高司令官は迂回を決める。元々、今村に対する武将としての評価は高かった。

 最後の陸軍大臣・下村定(1887~1968年)。当初は大臣就任を固辞したが、先帝陛下=昭和天皇から「(反乱を抑え)陸軍の輝く終わりを全うするように指導してもらいたい」との御聖旨を賜り感激し就任。外地に250万もいた将兵を2カ月で復員させ、マッカーサーは舌を巻く。

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