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【軍事情勢】逃げなかった昭和の軍人と逃げたマッカーサー (4/5ページ)

2013.9.15 09:00

 支那派遣軍総司令官・岡村寧次(1884~1966年)の復員は1949年1月。数カ月後、国共内戦中にも拘わらず岡村の許へ中華民国初代総統・蒋介石(1887~1975年)の密使が訪れる。戦況は共産党軍が圧倒しており、国民党軍は拠点を移し始めた台湾に潰走寸前。密使は反攻協力を求めた。かつて戈を交え精強振りを痛い程知る蒋の起死回生の秘策だった。

 105万将兵復員と100万国民引揚げを、帝國陸軍主導で認めた国民党に恩義を感じる岡村は承諾。共産主義拡散への危機感もあり、陸海軍人から成る《白団》を結成する。早くも10月、白団が潜む船は台湾を目指した。以来20年、83人が中華民国軍将校に戦術や兵棋=図上演習、情報通信、教練などの課目を教育した。

 密航について、国会で追及された吉田茂首相(1878~1967年)はじめ公安当局も空惚けた。以前よりマッカーサーが黙認したとの見方はあったが2010年、GHQ=聯合国軍総司令部参謀2部(情報機関)部長チャールズ・ウイロビー少将(1892~1972年)の配下が、岡村から聴取した記録が発見された。

マッカーサーは「貴殿の思想・言行が非民主主義とは思わない」と応じた

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