花森は東大の美術史の出身だった。パピリオ化粧品の宣伝部で広告デザインの仕事をし、手書き文字(レタリング)を得意とした。そんな花森が生活者のための雑誌をつくる気になったのは、戦争にかまけた日本人が悔しくてたまらなかったからだ。なぜ、つまらぬ日本になったのか。「一人ひとりが生活を大切にしていなかったからだ」と判断した。「暮らしが貧しいとなげやりになり、別のことで大儲けしたくなるもんだ」とも言っている。
ぼくの父は「文芸春秋」を毎月愛読していた。母は「暮しの手帖」をいつもすみずみまで読んでいた。ぼくの編集感覚にルーツがあるとしたら、両親が信用していたこの2つの雑誌を身近に感じていたことにあるだろうと思う。いまでもこれらを見ると懐かしく、かつ愛着が甦る。それにしても「暮しの手帖」の良心は筋金入りだった。いまだにこれに匹敵する雑誌を、日本はもっていない。