「古典芸能の知恵の一つに、人のふんどしを履いて太る、というのがあります。確かに古典には型など“規制”や“囲い”があるけれど、それが逆に個人の度量よりも“広い”。自分のサイズだけでものを考えるのは狭い。だから現代劇の人が古典のいいところを使いこなせば、可能性も広がり、大きな意味での、日本のパフォーミングアーツのアイデンティティーが確立できるのではないでしょうか」と、ジャンルや時代の“リミックス”を仕掛け続ける理由を明かす。
そうして生まれた演劇の数々は、時に先鋭的。解釈が容易なわけではない。
「すべてを光で照らし出し、派手で、わかりやすく見せたものは、一瞬、感動するけれど、すぐ忘れられる。使い捨ての紙コップです。ところが、闇の部分があり、わかりづらくても『なんだったんだろう、あれは』と余韻を残すものは、想像力に訴え、大きく膨らむ。古典芸能の禅的発想ですね」。秘すれば花、というわけだ。
前衛舞踏との化学反応
萬斎が3月に演出・出演する「神なき国の騎士-あるいは、何がドン・キホーテにそうさせたのか?」は、近世スペインの作家、セルバンテスの名作をベースに、劇作家の川村毅が、現代にも通じる精神性を抽出して書き下ろしたオリジナル劇。何と、舞踏集団「大駱駝艦」(麿赤兒主宰)が制作段階から参加、出演もする。伝統の狂言と、前衛の舞踏。対極的存在ともいえる。