初雪の朝。夜明けと同時に狩小屋のベッドから抜け出す。
重い木製のドアを開ければ、目の前にビキン川が流れている。シビれるほど冷たい川水でさっと顔を洗い、エゾマツに立てかけておいた釣竿を手にする。軒先で寝ていた黒猫がいつの間にか足元に寄ってきた。
道糸の先には黄色い毛糸を巻いただけの大ざっぱな毛鉤。それを流れの奥に向かって思いきり投げ込む。
ポチャン、と水しぶきが上がり、波紋が収まるのをひと呼吸待って、ゆっくりとリールを巻いた。
ウキが勢いよく水中に沈む。慌てて竿(さお)をあおると、グンと心地いい手応えがあった。一投目からいきなりハリウスがかかったのだ。さすが。つくづく感心するのは釣りの腕ではなく、この川の良さにである。顔を洗って小屋に戻る前に、もう朝のオカズが釣れている。こんな理想的な川辺の小屋があるだろうか。
ハリウスは長い背びれと虹色のうろこが美しく、白身のおいしい魚だ。うれしいのは僕ばかりではない。魚を岸に上げると、すかさず猫が飛びかかってきた。朝から猫まで釣ってしまうとは。やがて猟師のアンドリューシャが起きてタバコを一服すると、同じように竿を手に川岸に立った。黒猫が足元に座り川面を眺める。彼もあっという間に次々と魚を釣り、猫はまんまとお代わりを手にしたのだった。この何気ない狩小屋の日常こそが、かけがえのないタイガの魅力だと思う。