国内のイグサ生産量は、前回の東京五輪が開かれた1964年ごろは約10万トンだったが、畳離れや輸入品増加などで2011年には約1万トンまで減少。有力産地だった岡山、広島などの収穫量が大幅に落ち込み、国産シェアは熊本県が96%と独占状態に「なってしまった」(田中係長)。
その熊本もイグサ農家はピーク時の1万戸程度から約600戸まで減少。県をあげて高級品種の栽培を推奨し、ブランド力強化による生き残りを図ってきたが、後継者不足など悩みは尽きない。
そこに降って湧いた「畳でおもてなし」構想。八代市の動きは一気に活性化した。中村博生市長がイグサ製タペストリーを林農水相に届け、文部科学省や東京都にも畳の使用を陳情。市職員らは広告代理店などが関わる五輪開催の流れを学び、売り込みへ作戦を練る。
「東京開催だが、地方にも活躍の場が訪れている」と話す田中係長。今後は県や近隣自治体も巻き込んだ活動を目指す。