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【軍事情勢】心外なユダヤの「東條批判」 (2/5ページ)

2014.1.26 00:08

1940(昭和15)年9月27日、東京・麹町の外相官邸で開かれた「日独伊三国同盟」締結祝賀会に臨んだ東條英機陸相(当時、軍靴姿の中央)。同盟は同盟として、一方で東條はユダヤ人の痛みに情けをかけていた。乾杯の音頭を取っているのは松岡洋右外相

1940(昭和15)年9月27日、東京・麹町の外相官邸で開かれた「日独伊三国同盟」締結祝賀会に臨んだ東條英機陸相(当時、軍靴姿の中央)。同盟は同盟として、一方で東條はユダヤ人の痛みに情けをかけていた。乾杯の音頭を取っているのは松岡洋右外相【拡大】

 日本人を裁いた極東国際軍事裁判所条例でも、憲章にならい各各所謂(いわゆる)《ABC級犯罪》が定められた。しかし《人道に対する罪》は適用できなかった。勝者による敗者への復讐(ふくしゅう)劇でもあった極東国際軍事裁判ですら、連合国はドイツの如(ごと)き特定民族に対する絶滅意図をでっち上げるのが不可能だった。この点、ニュルンベルク裁判では、22被告の内16人が《人道に対する罪》で有罪になる。センターは日独を同一視しているのではないか。

 そもそも《人道》と《平和》に対する罪は、米国が1944年秋から1年に満たない短期で創り上げ憲章制定前にはない。戦争開始・遂行を犯罪とする《平和に対する罪》に至っては、米国/英国/中華民国が降伏を求め日本に突き付けたポツダム宣言(45年7月)時点で、犯罪とされていない。二罪とも慣習国際法として確立していなかったのだ。

 欧州大陸法系近代刑法は、実行時の合法行為を事後に定めた法令で遡(さかのぼ)り処罰することを禁ずる。《事後法の禁止=法の不遡及(ふそきゅう)》である。

極東国際軍事裁判 裁判を牛耳った11カ国

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