海自艦の艦尾でなびく旭日旗=2012年10月18日、神奈川県横浜市(河田一成撮影)【拡大】
一方で、戦後の左翼・情緒的反軍平和の風潮が、復活を許さないのでは、との危惧もあった。そこで▽直線的▽単色▽一目瞭然▽すっきり▽一見して士気を高揚▽海上部隊を象徴するに十分▽海上における視認の高さ-を条件に、新たな旗を考案する方針となった。
米内穂豊画伯も脱帽
方針を受け、東京藝術(げいじゅつ)大学の意見を聴くと「軍艦旗は最上のもの。国旗との関連、色彩の単純鮮明、海の色との調和、士気の高揚など、全条件を満たしている」との回答を得る。
図案研究は続き、米内穂豊(よない・すいほう)画伯(1893~1970年)に図案作成を依頼した。画伯は悩み抜いた末「20枚ほど案を描いたが、どうしても自分の意に満たない。軍艦旗の寸法があれば参考にしたい」と要請。数日後、画伯は重大な結論を口にした。
「軍艦旗は黄金分割(注)による形状、日章の大きさ、位置光線の配合など実に素晴らしく、これ以上の図案は考えようがない。それで、軍艦旗そのままの寸法で図案を1枚描き上げた。お気に召さなければご辞退いたします。ご迷惑をおかけして済みませんが、画家としての良心が許しませんので」