日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=2014年4月2日、千葉県内(伴龍二撮影)【拡大】
努力で変えられる来世
仏教には「平等即差別(しゃべつ)」という言葉があります。「差別」とはもともと仏教用語で、それぞれには相違があるという意味です。例えば大海に住む全ての生き物は全身に海水を平等に浴びることができますが、クジラ、イワシ、クラゲなどの差別があります。私たち人間も基本的には平等ですが、それぞれ異なった容姿や性格、能力という差別があるのです。
私たちはこの「差別」を何一つ選べずに生まれてきました。その差別の原因はいったいどこにあるのでしょうか。それはその人の前世の善悪の業因にあり、それが今生(こんじょう)の自分という結果となって顕(あらわ)れているのです。前世の自分が選んだものが三つありそれを「三世間」といいます。
一つ目は容姿、性格、能力、また外界からの情報を目・耳・鼻・舌・身・意識で受け、それによって思ったり考えたりすること。つまり私たちの肉体と精神です。(五陰世間)