新刊について取材を受ける作家の渡辺淳一さん=2009年12月14日、大阪市北区(沢野貴信撮影)【拡大】
「僕はね、うまく書けないときにこれを見るんだ」。2012年に東京・渋谷の仕事場でインタビューしたときのこと。渡辺さんはおもむろに人体解剖図鑑を開いた。「みんな同じ血管や筋肉、神経がついているでしょ。なのに頭の良しあしや足の速さには大きな差が出る。人間って不思議だなあと思って書き残したくなるんだ」。科学の視点からこぼれ落ちる個人の能力や感情に思いをはせ、人間への興味を再燃させる-。浮き沈みの激しい出版界で第一線を張る作家の創造の源を垣間見た気がした。
執筆歴は半世紀。明治期を舞台に偶然置かれたカルテの上下で人生を左右された男たちを描く1970年の直木賞受賞作「光と影」では、人知の及ばない運命の残酷さを見つめた。論理を超えたものにひかれる作家が、最終的に向かったのは人間の性や情、愛欲の世界だった。
閑職に追いやられた敏腕編集者と美しい人妻との禁断の愛を描く「失楽園」(97年)は、1年で260万部超を発行し社会現象になった。「愛の流刑地」(2006年)、「あじさい日記」(07年)など、その後の話題作では、異性を求める激しい愛欲とその裏返しの憎しみ、嫉妬が赤裸々につづられた。