日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=2014年4月2日、千葉県内(伴龍二撮影)【拡大】
それは戦後民主主義の名のもとに流れ込んできた「個人主義」「自由主義」が原因で「孝」の精神が蔑(ないがし)ろにされ、このような事態が起こっているものと思います。「個人」で考えれば親も子も平等。もし子供が親より社会的地位が上になり、孝養心を忘れて、親を蔑ろにする心があればその人の生命はもはや「人間界」ではなく「畜生界」です。それでは動物と何ら変わりがありません。
親子は平等ではない
個人重視になっているから親に対しても、また社会や国に対してもその価値を軽く考えるようになるのは必然の結果です。すべての人間が自分中心に物事を考えれば、夫婦、家庭、社会、国家が円満に成り立つ訳がありません。
夫婦においては『愛』
家庭においては『孝』
社会においては『信』
国家においては『忠』
個人がそれぞれを中心にしていくことによりすべてが円満に成り立っていくのです。