会場にはこのほか、王族の肖像画や肖像を描いたブローチといった華やかな装飾品のほか、巨大なオルガン時計、日本から輸入したとみられる漆塗りの飾り棚、色とりどりの食器が展示されていた。
そんな文化的暮らしをしていたジョージ1世は、ドイツ・ハノーバーの選帝侯だった。英国では当時、カトリック教徒を敵視し、王位に就くことを禁じる法律(王位継承法)が制定されたため、アン女王(1665~1714年)の死去に伴って女王の遠い親類に当たるプロテスタント教徒のハノーバー選帝侯が選ばれたのだ。
英国王になっても、英語が話せず、ドイツなど大陸にいることが多かったため、英国内の政治は内閣に任せきり。「国王は君臨すれど統治せず」という英国の立憲君主制はくしくも、外国人の君主が定着させたことになるという。
「敵国」ドイツ隠し
ただ、ジョージ1世は、言葉の問題に加え、守備隊長と浮気したゾフィー王妃(1666~1726年)と離婚、32年間も王妃を城に幽閉したことなどから英国民には人気のない国王だった。それが、ジョージ王の展示がバッキンガム宮殿で初めて開催されるほどに変わったのはなぜなのか。そこには、やはりドイツの影がちらついている。