火影ゆらめく幽玄の世界へと誘う「薪御能(たきぎおのう)」。演目は観世流能「弱法師(よろぼし)」。平安時代から南都(奈良)興福寺を舞台に演じられた薪御能が、各地で行われる薪能(たきぎのう)の原型といわれている。篝火(かがりび)は膝くらいの低い位置に置かれていた=2014年5月17日、奈良県奈良市登大路町の興福寺南大門跡(田中幸美撮影)【拡大】
寛永年間に、雨天のため1日も能が行われないことがあり話し合いの末、夜通しで能を行うことを決定したが、興福寺衆徒がこれに反対。紙を敷いて芝の状態を調べたところ紙8枚を通してしまうほど濡れていたために中止したことが舞台あらための始まりという。以降、舞台となる野外の芝に紙を敷いて、それを踏みつけて芝の湿り具合を調べ、能が上演できるかどうかを決めた。現在はその必要はないが、儀式を伝えるために再現している。ちなみに紙は3枚が目安。こうした儀式は興福寺の薪御能だけに見られる儀式だ。
≪風の音、鳥の声 幽玄世界を演出≫
南大門の儀では、金春流による「葛城(かつらぎ)」と観世流による「弱法師(よろぼし)」の能2曲、また、能の合間には大蔵流狂言「魚説教(うおぜっきょう)」が演じられた。
「弱法師」は、人のざれ言で息子を追放してしまった父が、弱法師と呼ばれる盲目のこじき法師となった息子と再会し和解するという物語。弱法師の心の闇と光が火影と相まって心に迫ってくる。
また、「魚説教」は、お経をまだ習っていない修行僧が魚介類の名前を盛り込んで堂々といんちきなお経を唱える狂言で、終始観客の笑いを誘っていた。