火影ゆらめく幽玄の世界へと誘う「薪御能(たきぎおのう)」。演目は観世流能「弱法師(よろぼし)」。平安時代から南都(奈良)興福寺を舞台に演じられた薪御能が、各地で行われる薪能(たきぎのう)の原型といわれている。篝火(かがりび)は膝くらいの低い位置に置かれていた=2014年5月17日、奈良県奈良市登大路町の興福寺南大門跡(田中幸美撮影)【拡大】
時折耳に入る喧噪(けんそう)も時間の経過とともに次第に薄れ、代わって風の音や鳥のさえずり、鐘の音が能の謡や鼓の音と絶妙に絡まり、幽玄の世界を演出した。
京都市の旅館勤務、青柳友香さん(29)は「舞台あらためなどを僧兵の格好で行うのが印象的でした。ゆらめく炎によって動かないはずの能面に表情を与えている気がします。ぐっと世界に引き込まれました」とすっかり魅了された様子だった。
薪能は、神事・仏事の神聖な儀式。起源は平安時代中期にさかのぼり、興福寺の修二会(しゅにえ、旧暦における迎春法要)で催されたものが始まりといわれる。このことから興福寺で行われる薪能には、「御」の字があてがわれ、「薪御能」と呼ばれる。能楽が大成された室町時代には最も盛んになったという。
明治以降は廃絶状態にあったが、昭和になって薪御能復活の声が高まり1952(昭和27)年、能楽四座による南大門の儀が復活。その後自治体主導で行われるようになり、時期も修二会の行われる3月から5月に移行して現在に至るという。(田中幸美(さちみ)、写真も/SANKEI EXPRESS)