日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=2014年4月2日、千葉県内(伴龍二撮影)【拡大】
【尼さんの徒然説法】
雨に打たれる紫陽花(あじさい)はなぜこんなにも美しく見えるのでしょう。鬱陶(うっとう)しい梅雨時ですが、この花の美しさを堪能できることはひとつの楽しみ。季節ごとに咲く花は、その時季が一番似合っているからなのでしょうか。きっと人も自然体でいるならば、季節の花のようにその年齢ごとの美しさがあるのかもしれません。雨の中の紫陽花を見ながら、ふとそんなことを思っています。
自分さえよければいいという「愚」
世の中には「ただ自分たちが楽しめればいい」と平気で社会に大きな迷惑をかける人がいます。公共物損壊やマナー違反、迷惑行為などを数え上げれば枚挙にいとまがありません。このような愚かな行為に及ぶ人間が、また行為にまで及ばずとも自分中心で物事を考える人間が確実に増えていることに危惧を感じるのは私だけではないでしょう。
「天下は悪に亡びずして愚に亡ぶ」
これは「国柱会」の創始者である田中智学先生のお言葉です。世の中が亡ぶのは「悪」がはびこるからではなく「愚か」が原因になるということです。「愚か」というのは頭がいいとか悪いとかを論じているものではありません。