日蓮宗系の尼僧、鈴木日宣(すずき・にっせん)さん=2014年4月2日、千葉県内(伴龍二撮影)【拡大】
この時は名誉や権力が何になろうか」と仰せになっています。勉強の優劣よりも、死後の世界にもかかわってくる人間性の優劣のほうがはるかに大切なことなのです。師匠は「これから求められる人間は礼儀をわきまえ、日本人としての心を有する人である。勉強さえできればよいという時代ではない」と話してくださったことがあります。「人間らしさ」を磨く時代とでも言えましょう。
江戸時代の儒者である貝原益軒(かいばらえきけん)は「学問をする第一の目的は人としての道を知ること」と言いましたが、まことにその通りだと思います。学校でも家庭でも「人としての道」を子供たちに教える場とし、今以上に「愚か」な人間を増やさないようにすることがいま求められるべき教育なのではないでしょうか。
≪自分の愚かさに気づいている者は愚か者ではない≫
「愚か者」ということについて次のようなお話があります。お釈迦様のお弟子の一人にシュリハンドクという方がいました。