目の前、水深5メートルほどのところに、ザトウクジラの母子が、じっと動かずに留まって身体を休めている。子クジラは、水面まで浮上してきて、ひとしきり遊んだかと思うと、またゆっくりと潜降して、静かに胸びれを動かす母クジラのおなかの下に隠れるように潜り込んだ。しばらくすると、こちらの様子を伺うように、おなかの下から顔をのぞかせた。そのしぐさに、思わずマスクの中の顔がほころんだ。
母クジラの体長は15メートル、子クジラでさえ5メートルはあるのに、その愛くるしさは、2~3歳の人間の子供が、母親の後ろに隠れて顔をのぞかせながら、こちらに向かってはにかんでいる様子となんら変わらない。僕は、彼女たちを驚かさない距離を保ちながら、「こわくないよ~」と心の中で、子クジラに話しかけながら、水面に浮いて静かに撮影を試みた。
ここは、南太平洋にあるトンガ王国、ババウ諸島の海の中。日本の小笠原や沖縄では、北極海から回遊してくるザトウクジラが見られるシーズンは、1月頃から3月頃までだ。ザトウクジラは、北半球と南半球にそれぞれ分布していて、交わりがない。南半球にあるトンガ王国でも、毎年、冬の時期、7月頃から9月頃、南氷洋から北上してきたザトウクジラが姿を見せて、交尾、出産、子育てを行う。