基になった自在鉤は、囲炉裏(いろり)で鍋などを火にかける際に用いられ、長さを変えることで火加減を調整する道具である。日本の原風景のシンボリックな存在であり、パチパチという火音や鍋蓋の隙間から噴き出る湯気とともに思い浮かべられるのではないだろうか。
原型は、今から20年以上前に作られ、幾度もの改良を重ねて現在の形になった。囲炉裏のない現代の生活においてはそのままでは取り入れ難い道具を、基本形状はそのままに、繊細かつ洗練されたフォルムに置き換えることによって、見事に魅力ある道具へと生まれ変わらせている。
また、磁気製の蝋燭(ろうそく)受けが添えられているが、使い手の工夫次第で花受けや香立てなど多くの用途に用いることが可能であり、心地よい緊張感のある空間を演出するために、その名の通り自由自在にしつらえることができる。実際に部屋に吊るしてみると、途端に不思議な空気の張りが広がる。そして、同じ空間に存在する他の物との距離感がくっきりと浮かび上がってくるような感触を覚える。それは決して不快なものではなく、何とも言えぬ心地よい安堵(あんど)感を与えてくれるものである。この独自性や完成度をみると、猿山氏が他のどの品よりも長く作り続けているというのも納得である。