9試合に投げて結果は残せていなかった。それでも、5月9日の戦力外通告は、予想外に早かった。開幕してからそれほどの時間がたっていない中で突きつけられた現実。年齢的にも新たな球団からオファーが届く可能性は低かった。やりきったという思いもあった。キャッチボールをしたりして次に備えていたが、オファーはどれほど待ってもこなかった。
やめる覚悟できていた
「引退」の2文字を受け入れる準備をしなければならない。そんなときに、阪神が声をかけてくれた。
アメリカでの野球生活は、毎日を悔いなく過ごしてきた。だから、このままやめる覚悟もできていた。だけど、自分を必要としてくれる球団がある。これは、プロ野球選手にとってとてもありがたいことなのだ。かじりついてまで現役に固執するつもりはなかった。もしも、オファーが台湾や韓国、日本の独立リーグからのものであれば断っていた。「日本で最後の一踏ん張り。やってみよう」。気持ちはすぐに固まった。