でも、私のような人間は、散々迷った挙げ句、いつでも逃げ出せる螺旋階段を選ぶのだ。そして一段一段、「よし、大丈夫。よし、大丈夫」と下を覗(のぞ)きながら足を進めて、ときには戻ったりもしながら、地獄の釜をできるだけ縁から覗き込むように、おそるおそるパーティーの全貌を明らかにしていく。これならいつ気が変わっても帰ることができて安心だ、と私は自負するのだが、ただし、このやり方には一つ、大きな問題があって、それは「到着したころ、パーティーはほとんど終わっている」。
そのやり方で一生いくつもりか、と問われれば、それはちょっと、と答えに窮する。パーティーの損失はもう十分だ。私だってみんなと腰をぐねんぐねんさせながら、テキーラをぐっと煽(あお)り、「ホッホー」などと叫んで乱痴気(らんちき)騒ぎをしたい願望くらい、人並みに持ち合せている。しかも、その抑圧によるフラストレーションからなのか、私は突然、人が驚くほどのノリの良さを発揮することもある。