ダンスホール「クリフサイド」で行われた「ヨコハマグラフィティ」開催記念イベントでザ・ゴールデン・カップスの曲を披露するエディ藩(ばん)さん(右)とマモル・マヌーさん=2014年8月3日、神奈川県横浜市中区元町(田中幸美撮影)【拡大】
横浜市中区の本牧地区にかつて米軍住宅があったのをご存じだろうか。敗戦の1945年、米軍によって接収された本牧地区の約70ヘクタールという広大な敷地に約900戸の白いアメリカンハウスが立ち並ぶ「米軍横浜海浜住宅地区」(通称本牧ベース)が出現した。本牧の大通りの両側に広がる米軍住宅は、数キロにわたってフェンスで囲われ、中には映画館やテニスコート、ボウリング場などがあった。
米兵がもたらすファッションや音楽は新しい文化を生み、82年の返還までの約30年にわたり、本牧地区は「リトルアメリカ」の様相を呈していた。
そんな本牧に64年末オープンしたのが、ゴールデンカップだ。この伝説の店を開き、現在も同じ場所で店を続けるのは上西(うえにし)四郎さん(82)。出身地の京都で洋服の製造卸業を営んでいたが立ちゆかなくなり、知り合いに誘われたどり着いた本牧で開店した。
毎月アメリカから最新のレコード10~15枚を取り寄せてジュークボックスでかけたところ、本国アメリカの最新サウンドが聴けると米兵の間でたちまち評判に。その後、本格的に生バンドを取り入れようと考え、紹介されたのがカップスのリーダー、デイブ平尾さん(2008年死去)だった。「R&Bっぽい歌声が一発で気に入った」