ダンスホール「クリフサイド」で行われた「ヨコハマグラフィティ」開催記念イベントでザ・ゴールデン・カップスの曲を披露するエディ藩(ばん)さん(右)とマモル・マヌーさん=2014年8月3日、神奈川県横浜市中区元町(田中幸美撮影)【拡大】
間もなくプロ志向を打ち出した平尾さんはメンバーを再編。これが67年に店名を冠したバンドでプロデビューを果たし、一世を風靡(ふうび)した「ザ・ゴールデン・カップス」だった。
当時はグループサウンズ(GS)の全盛期。カップスは、派手な衣装を着て愛嬌(あいきょう)を振り巻くアイドルのような他のGSバンドとは決定的に違った。ステージでは普段着のまま。演奏テクニックが素晴らしく音だけで勝負する本物志向のバンドだった。
毎晩150~200人の米兵が集まり、音楽ファンだけでなく同業のミュージシャンからも注目された。石原裕次郎や勝新太郎らも訪れた。最盛期には7人のコックと7人のウエーターを抱えるほどだった。