1952年、首都バグダッドの名家に生まれた。父は著名な医師。バグダッド大で学び、英マンチェスター大で電気工学の博士号。英BBC放送(電子版)によると、BBCが入居していたロンドン中心部のビルにエレベーター管理業務で数年間出入りしていたこともある。
当時の与党バース党独裁に反対するアッダワ党の活動に取り組み、英国でのスポークスマン役を務めた。イラク国内でアッダワ党の地下活動をしていた2人のきょうだいはフセイン政権下で処刑された。
2003年のイラク戦争開戦後に帰国して通信相や首相顧問を務め、05年の連邦議会議員に当選、副議長も務めた。目立たないタイプだが、政治家としての経験は豊富で、これまでも首相候補に取りざたされてきた。
英語や西側事情に比較的通じているとされる。「敵をつくらない」と人柄が評価される半面、「シーア派政治勢力の本流に属し、利害はマリキ氏と同じ」とされ、大胆な政策転換は困難との見方もくすぶる。
8日の連邦議会演説では「権力の分散を進める」とスンニ派やクルド人への配慮を見せた。(共同/SANKEI EXPRESS)