しかし私の海への恐怖心はなかなかのもので、現在でも、わざわざ眺めに出掛けることはあっても、泳ぎましょうと誘われると、ニヤニヤおびえを隠しながら、海はあんまり好かんのです、なんて誤魔化してきている。どうしてそこまで海が怖いのかと問われれば、やっぱり私は湯河原で溺れたことを思い返すのだけれど、実は金づちの母親が見た光景に脚色を施しているばかりで、真意の程は極めて疑わしいのだ。それでも溺れた物語はしっかり頭の中にインプットされてしまっているものだから、やっぱり私は湯河原の海で溺れたゆえに、海を恐れているということになるのだろう。
湯河原の砂浜は灰色の砂浜だ。きらきらと輝く白い砂浜ではなかったはずだ。そこで私は、幼い私は、眉間にしわを寄せながら、砂遊びをしたり、ヤドカリを弄くったりしていた。母もKも、現在の私よりもずうっと若く、はつらつとしていて、ふざけては笑い転げていた。何となく私は不機嫌に砂と戯れていた。ように思う。