ハッキリと覚えているわけでもないのだけれど、どういうわけか私にとって湯河原の砂浜は灰色以上にどんよりとくすんでいて、海水を含んで重たかった。何枚かの写真がそうした気分を思い起こすのだ。痩せていて、おしゃれをしてはしゃいでいる母とKに比べると、私は取り残されたような顔をしている。取り残されたような顔を私がしているから、母とKは笑っているのかもしれない。とにかく湯河原は、母たちの浮かれたバカンスではなく、私のためにやってきた地のように思えてならない。
生まれて初めての洪水
この湯河原で生まれて初めての洪水を体験する。夜だ。停電して、ろうそくの炎を眺めていた。やがて道路が冠水して、避難しなければならず、幼い私は戸板のようなものの上に乗っかったように思う。海からひとつなぎになっているような気がして恐ろしかったけれど、停電したところから、ろうそく、冠水、戸板という風景は面白く、劇画のように覚えているが、おそらくはその後いくつも見たニュースの映像が混ざってしまっていて、オリジナルの記憶が残っているのか怪しいものだ。