何て曖昧な場所なのだろう。と思うけれど、どれどれ現実の湯河原を尋ねて真偽を確かめよう、なんてことは露程も考えない。現在の私の中にある湯河原以上に湯河原である場所は私の中で存在しない。いや、もちろん存在するのだけれど、私の灰色の湯河原は私だけのもので、ネット通信で画像検索をしてみてみたいとも思わないでいる。明るい思い出があるわけでもないけれど、極めて詩的でプライベートな場所なのだ。真実に思い出を脅かされてはいけない。何もかも確かめられる時代になったことを恐ろしいと思うとき、それは湯河原の名が近づいたときだ。10月の台風で各地が思わぬ被害に荒れる中、静岡からそのまま北上するというニュースを聞いたとき、湯河原がふうっと脳裏に近づいてきた。私はそのままぴたりと思考を止め、湯河原を遠くへ遠くへやっておいた。しかしこのまま現代に生きてゆけるだろうかということを思いながら、強風が木々をたわませるさまを見ている。(演出家 長塚圭史/SANKEI EXPRESS)
■ながつか・けいし 1975年5月9日、東京生まれ。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。ロンドン留学を経て、新プロジェクト「葛河思潮社」を立ち上げた。18日(土)よりWOWOWプライムにて毎週土曜、夜10時~放送のドラマ『グーグーだって猫である』(全4話)に出演。共演は宮沢りえ他。