ある県政関係者は「07年の群馬県知事選で折田氏は資金の采配から票の取りまとめまで仕切り、苦戦が伝えられた大沢正明氏を形勢逆転して初当選させた」とし、「このことが折田氏を神格化させたと地元では言われている」と明かす。
県政界をも左右するほどの有力者だった折田氏。別の県政関係者は「民主党が勢力を伸ばしていた当時、選挙で自民陣営は折田氏頼み。周辺の誰も頭が上がらない存在だったのではないか」と話す。
背景に信頼関係?
小渕氏は辞任会見で、「子供の頃から一緒に過ごしてきた信頼するスタッフの下でお金の管理をしてもらっていた」と述べた。折田氏もそのうちの一人だったとみられる。
だが、そうした信頼関係の中で、折田氏の行動に対する小渕氏側のチェックが機能しなくなったことが問題の背景にあるとみる政界関係者もいる。
恵三氏時代から小渕陣営を支援する男性は「恵三氏が亡くなり、有力秘書が徐々に抜け、最後に残ったのが折田氏。『城代家老』に対する東京のコントロールが利かなくなり、甘い会計処理をチェックできなかったのだろう」と推察する。