9日の壁崩壊の直接の引き金は出国の自由化を公表した際、東独政府幹部が時期を「即座」と答えたことだった。政府は10日からの秩序だった実施を想定していたようだが、市民は国境に押し寄せた。国境警備員は事情を知らなかったといい、当時のクレンツ書記長は後に「衝突を避けられたのは警備員の慎重さのおかげ」とも語っている。
それから四半世紀。ベルリンの中心は国の行政施設などが集まるかつて東側だった地域だ。にぎわいは周辺地区にも広がり、若手の芸術家や音楽家も多く集う。
観光客は91年の300万人から昨年は約1100万人に増加。
人口は342万人で増加傾向にある。(ベルリン 宮下日出男/SANKEI EXPRESS)