子供時代を過ごした疎開先の長野・伊那谷(いなだに)は父親の出身地だ。朝は、地元では「東山」と呼ばれる南アルプスから太陽が現れ、夕方は「西山」と呼ばれる中央アルプスに沈んでゆく。夜は天の川と満天の星が谷を照らす。日々、そんな美しい光景を眺めながら、「あの山の向こうには何があるんだろう」という想像が膨らみ、いつか行ってみたいという願望が生まれていた。私にとって山は夢の源泉だった。
小学校の途中で東京に戻り、江戸っ子の同級生に信州弁をからかわれて悔しい思いをする中、思い出していたのは、伊那谷から見える山々が真っ白な雪で覆われて、朝日、夕日に輝く光景だった。
当時の東京は復興の最中で、多くの家は粗末な平屋。空気もきれいで、あちこちの高台から富士山が見えた。そんなときにはなんとなくうれしくなったのを記憶している。伊那谷から見た山の風景を富士山に重ねるようになったのはこの頃のことだったろうか。