【アートクルーズ】
午前11時。一台の車が、ようやく顔を出した朝日に照らされた雪道をひた走る。冬のアラスカでは、新しい一日が来ることなど、すっかり忘れられてしまったのではないかという時刻に夜が明ける。そして太陽は、その半分を現すのももどかしげに姿を隠し、午後2時には夜のとばりがすっかり下ろされてしまうのだ。一面が白で覆われた世界にタイヤの跡を長い糸のように引いて行き着いた先では、仮借ない厳しさと神々しいまでの美しさをたたえた大自然のただ中に生きる人々の日常が刻まれている。
東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催中の「Alaska」マルク リブー写真展は、アラスカがハワイにすこし先んじて米国49番目の州となる直前の1958年末に撮影が始められ、ゴールドラッシュの熱狂から半世紀が過ぎ、本格的な油田発見までおよそ10年を要した時代の空気を詩情豊かに伝え、いつも変わることのない人間の真実が収められている。
リブーは30歳で写真家として本格デビューするや、エッフェル塔の鉄骨を塗る職人を軽業師のような姿に捉えて大きな成功を手にした。冷戦時代から中国やベトナムなどで取材を重ね、歴史の証人と広く敬愛を集める。2年前、カトリーヌ夫人がアラスカを撮影したフィルムを探し出し、白一色の会場に掲げられた写真のほとんどが世界的大家の未発表作品となっている。