練習への取り組み方にも考える力は生きています。学校での業務で多忙な日々が続くと、どうしても練習時間を確保することが難しくなります。限られた時間で何をするか。週に6日、与えられたメニューをこなしていた学生時代よりも集中してトレーニングするように心がけています。
「銀メダルは取れる」
永田先生が膵臓(すいぞう)がんにおかされていることを知ったのは、12年5月ごろでした。その年の1月にロンドン五輪をかけた予選を戦っていたのですが、先生は体の不調を訴えていました。すでに病状はかなり進んでいて、「余命半年」と宣告されていたそうです。その後は病気と闘いながら高校や大学で指導を続けていました。
闘病中もいつも水球のことを考えていたようにみえました。余命宣告に絶望することなく、生きることをあきらめなかった先生は宣告から1年半も生き続けました。