母を残して…
あの日、中学の卒業式を終えて石巻市の自宅にいたところを津波がのみ込んだ。がれきの山に流れ着くと、覆われて動けずにいた母がいた。どけようと頑張っても重くてどうにもならない。第2波が来たら死んでしまう。「行かないで」という母に「大好きだよ」と言い残し、必死に泳いだ。母校の大川小学校で一夜を明かした。
なぜ自分が生き残ったのだろう。我慢強い性格だから? 繰り返し、考えた。こんなにつらいなら、死んだ方が楽だったと思った。
伝える役割
でも次第に、震災を伝える役割があると考えるようになった。昔から作文を書き、人前で話すのが好きだった。同世代の体験談を集めた冊子を作り、講演も始めた。
中国・四川大地震や、フィリピンの台風被害も学び「日本だけが大変じゃないんだ」と視野が広がった。4年前、消防車が自分を搬送してくれたこと、市街地から遠い避難所なのに食料が届いたこと…。早かった救援に「日本がしっかりした国だから」とあらためて感謝の気持ちが湧いた。