雪を被った寒椿の季節が過ぎて、暖かな日差しを浴びて咲き乱れる紅白の花椿を愛でる春が来た。
椿といえば茶の湯。物語なら「椿姫」、そして「椿三十郎」が頭に浮かぶ。
先日、日本屈指の帽子デザイナーとして活躍され、昨年3月に89歳で亡くなられた平田暁夫氏の命日にご自宅に伺った時、畳の間に飾られた遺影の傍らにそっと生けられた一本の侘助(わびすけ)が際立っていた。ご友人の華道家、栗崎昇さんの手によるもので、さすが! とため息。和の趣に椿の花は欠かせない。
夜の世界の貴婦人、マルグリットが紳士相手のお仕事ができる日は白、できない日は赤のカメリアの花を身に付けることから「椿姫」と呼ばれた…と悲劇の物語が始まる。アレクサンドル・デュマ・フィスが自身の実体験にもとづいて書きつづったこの名作に椿の花は欠かせない。
世界の黒澤・三船の傑作「椿三十郎」では、屋敷に潜む血気盛んな若侍たちに襲撃の時を知らせる合図として用いられたのが椿の花。隣屋敷に捕らわれた城代家老を救うべく、潜入した三十郎が庭の泉のほとりに咲く椿の花をちぎって引き水に流す。流れてくる椿を見て若侍たちが決起する。椿なくしてこの物語は語れない。