【BOOKWARE】
ジャン・ギャバンがフランスパンをちぎった仕草、泉鏡花が芸者の姿態を描写した文章、マレーネ・ディートリッヒが男ぶる一瞬、辻村ジュサブローの人形が振り返ったときの衣裳の意外な曲線、ギイ・ブルダンが綺麗な服を変にして撮るとき、ペーター佐藤が描き加えたペンシルタッチ…。なにもかもを見逃したくなかったのである。
東京都現代美術館で「山口小夜子 未来を着る人」が展観されている。2007年の真夏に亡くなって、どこか「月の駅」あたりに還っていましたはずなのに、さっきまで不思議なカサネ衣裳を纏(まと)って、美術館の階段を降りてきて展示に混じっているようだった。
小夜子(さよこ)は自分でウェアリストだと言っていた。世界を代表するファッションモデルだったからそんなことを言っているのではない。幼い頃からウェアリストだった。ぼくが「何でも着られるの?」と訊いたら、「うん、何でもね。クジラだって熱帯雨林だって国会だって着られるよ」と言った。じゃあ高野山を着てきてよと言って根津美術館でデートしたものだ。