エベレストでは、地震直後の雪崩で日本人男性を含む19人が死亡、過去最悪の惨事となった。だが、ネパール政府は登山中止を宣言する気配はなく、中国がエベレスト北側のチベット側登山ルートを閉鎖することを決定したのとは対照的だ。
政府は、地震後の対応でも外国からの支援申し出を調整できないなど、もろさを露呈している。06年にネパール共産党毛沢東主義派と政府軍による内戦が終わり、立憲君主制から連邦共和制に移行したが、政治混乱が常態化。政党間の対立から政権基盤は弱く、いまだに新憲法も制定できない中、地震が直撃した。国民の不満の高まりから、政情がさらに不安定化する可能性もある。(共同/SANKEI EXPRESS)
がれきの下に消えた町や村。医師がいない病院-。ネパール大地震で最多の死者が出た北東部のシンドパルチョーク地区に1日までに入った。けがをした子供は「痛い、痛い」と悲痛な叫びを上げるが、医療支援はなく、なすすべがない。「見捨てられている」。孤立した村の住民らには怒りと不満が渦巻いていた。