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体制へ反抗続けた旧ソ連の大作曲家 世界で大旋風!ショスタコーヴィチのすべて 月刊音楽情報誌「モーストリー・クラシック」7月号 (2/3ページ)

2015.5.27 10:10

ピアノの前で曲想を練るショスタコービィチ(提供写真)

ピアノの前で曲想を練るショスタコービィチ(提供写真)【拡大】

  • 月刊音楽情報誌「モーストリー・クラシック」7月号。発売中

 「15曲は、15の章からなる長い物語とも考えられます。弦楽四重奏曲は親しい仲間を呼んで演奏されました。彼の心の日記のようなものです」と荒井は話す。

 スターリンの逆鱗に触れ

 ショスタコーヴィチは共産党一党独裁の社会主義国家、ソ連とともに並走した。1906年、ペテルブルク生まれ。父親は度量衡検査局、母親はペテルブルク音楽院ピアノ科出身だった。自身もペテルブルク音楽院に入学、院長の大作曲家グラズノフに師事した。

 1926年、卒業制作の交響曲第1番がレニングラード・フィルによって初演され、大成功。評判はすぐに欧米に伝わり、ワルターやストコフスキーも指揮している。順風満帆にスタートした作曲家人生だが、幾度となく大逆風にあう。36年、オペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」とバレエ「明るい小川」が共産党機関誌プラウダで「荒唐無稽」と糾弾された。その2日前、「マクベス夫人」を見たスターリンは途中で退席していた。スターリンの逆鱗に触れたこのオペラは上演が禁止された。

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